読んだ本

そもそも武田砂鉄って

ナンシー関が好きだった。リスペクトとしていた。
彼女の訃報に接したとき、自分の人生の何割かの楽しみが減ったとショックを受け、ひどく落胆したものだ。
向田邦子が、飛行機事故で突然亡くなってしまったと知ったとき以来の悲しみだった。

向田邦子が亡くなったときに頭をよぎったのは、「なんで(某女流脚本家)じゃなかったんだ。」という理不尽だが切実な思いだった。しかし、山田太一や倉本聰など、タイプは違えど大好きな脚本家は他にもいたから、喪失感はその分は少なかったかもしれない。

しかし、ナンシー関には、同業者がほとんどいなかった。新しい世界を切り開いたところに本領ある。
誰もが遠慮しそうな大物俳優や司会者、文化人などであっても容赦なく俎上に載せて切れ味鋭くさばいて見せた。対象者の選定は、テレビ番組視聴者としてのナンシー関の、興味を惹くか否かの一点にかかっていたのもよかった。
まさに余人をもって代えがたし。

ナンシー関亡き後、テレビ番組を辛口で批評するとの触れ込みの人間は、何人も出ているが、いずれもナンシー関の足元にも及ばない印象である。
ナンシー関の元々の本業である「消しゴム版画家」は、彼女亡き後もプロフェッショナルとして成立している人が何人かいるようで、これはナンシー関の遺産といってもいいだろう。

さて、武田砂鉄である。この人の感性は変わっている。変わり方の方向と性格が、どことなくナンシー関をほうふつとさせる。
日経MJに『そもそもそれって』というコラムを週に1回連載しているので、欠かさず読んでいる。
この枠では以前、大好きな大宮エリーが連載していたし、きっと起用者のセンスがいいのだろう。

今日の『そもそもそれって』のタイトルは「ジャンプしなくなった」。 大人になるとジャンプという動作をすることがない、との気づきを題材にしたわけだ。
確かに、日常生活の中でジャンプをする機会は全くない。
〝最後に思いっきりジャンプをしたのはいつだろう。しばらく考え込んでみたが、その候補すら思い出せない”

全くコラムのまま、その通り。武田砂鉄が例に引いた「仲間と一緒に思いっきりジャンプしている写真」など撮ったことはないし、数年、ひょっとすると何十年という単位でジャンプはしてないかもしれないな。

「人はいつ青年でなくなるのか」に対する答えとして「保険に加入した時」ではないか、と書いたのは沢木耕太郎だったなあ。
「思いっきりジャンプをした最後の日」。今後、自分の記憶としての武田砂鉄は、このように定義した人物として、定着されるだろう。