テレビで見た

遊川和彦のご託宣

先日、今クールのドラマに関する新聞記者の感想を読んだ。記者評での第一位は「同期のサクラ」だった。
うーん。
遊川和彦脚本はどうにも自分とは相性が合わない。

相性が悪い理由ははっきりしている。彼のどの作品の背景にも滲んでいる説教臭さが鼻につくんである。
脚本家として遊川和彦をはっきりと意識したのはNHKの朝ドラ「純と愛」が最初だった。
風間俊介演じる愛が、目が隠れてしまうほどの不潔な髪形で登場したときにはびっくりした。清潔感のかけらもなかったからだ。ストーリーもどたばたとして落ち着かず、遊川が朝ドラの文法を意識的にずらそうとしているのが見て取れた。

遊川は「純と愛」を通して、前年に東日本大震災という国難を経験した日本人に対して、啓蒙したいとの思いが強すぎたのだろう。
夏菜演じる純が、最終回、延々と長台詞を述べるのだが、これがいかにも説教臭かった。日本人はどんな心の持ちようで今後生きていくべきか、遊川の処方箋を純の口を借りて提示しているようにしか見えず、不快でしょうがなかった。
校長が卒業生に垂れる訓示を聞かされているようだった。。

遊川和彦は撮影中のスタジオにも顔を出して、主演の夏菜にダメ出しを繰り返していたそうだ。
視聴率が振るわないためか、 遊川に密着した番宣のような番組で、そんな場面を見た。
夏菜の嫌そうな顔が今でも印象に残っている。

遊川和彦を脚本家として意識する以前には、「女王の教室」や「演歌の女王」、「家政婦のミタ」など、毎週楽しみにして見ていた。
「純と愛」後も同様だ。説教臭くて嫌だと嫌だと、毎回ぶつぶつ文句を垂れているくせに、 遊川ドラマが始まるといそいそと録画し、なんだかんだでいつも最後まで見てしまう
そんなに嫌なら見なければいいのだが、なんだかだ言いつつも遊川ドラマを見続けるのは、ストーリーがよく練られており、面白くできているからなのだろう。

遊川ドラマは、近年の「○○妻」や「偽装の夫婦」「はじめまして、愛しています。」など、作品を重ねるごとに説教臭さにも拍車がかかってきている気がする。

各種の社会問題を取り上げては、いちいち、解決の処方箋をご託宣のように突きつけるようになった。
ドラマを見ていれば、視聴者はありがたくそのご託宣を押し頂くしかない。

結局のところ、自分にとって遊川ドラマとは、 運転免許の更新時に無理やり見せられるドラマ仕立てのビデオと同じで、逃れるすべがないのかもしれない。

今クールも「同期のサクラ」 を最後までありがたく見続けることになるだろう。
遊川の説教に折伏され、 自分はいつか、彼の軍門に下り、洗脳されてしまうに違いない。
そして、誰彼構わず説教し続ける、口うるさい嫌われ者の、序の口年寄りとなってしまうに違いないのだ。
ああ。


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